こべるん ~変化していく神戸~

再開発や超高層ビルの誕生によって変化していく神戸の街並みを追っています。

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“ちょいコア”が開く神戸オフィス事情打開の扉 

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http://www.itmedia.co.jp/business/spv/1611/14/news002.html
ITmediaビジネス ONLINE 「勢いがある企業はここが違う 柔軟な働き方で成果を生む“ちょいコア”オフィス移転とは?」

少し古いですが、ネットで面白い記事を見つけましたので、ご紹介したいと思います。ITmediaというアイティメディア株式会社が運営するITニュースサイトに2016年11月に掲載されていた記事です。アイティメディア社はソフトバンクグループに属し、東京マザーズに上場しています。

記事の触りは以下です。

”「働き方改革」が叫ばれる中、企業のオフィス立地の考え方にも変化が起きている。何が何でも都心部ではなく、ある程度の集積のメリットは持ちつつも、快適なワークスタイルや住環境の良さなどを実現するような“ちょいコア”が注目を集めている。”

“ちょいコア”とは東京や大阪の都心から20-30分の距離にあるオフィス集積地を示します。“ちょいコア”に拠点を置く事で既存のオフィス集積地との連携も取りつつ、社員に対しては短く快適な通勤と恵まれた住環境の両立が実現でき、ワークパフォーマンスの向上を引き出す事が可能というものです。記事内では、この“ちょいコア”を活用している企業の例として、日産自動車(東京・銀座から横浜・みなといみらい21に本社を移転)、楽天(東京・品川から二子玉川に本社を移転)を挙げています。

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そして更に深堀りしているのがP&Gジャパンです。1993年以降、それまで大阪にあった本社を六甲アイランドに建設した新本社屋に移転。当時は極東のリージョナル本部も兼ねていた為外国人従業員数も遥かに多く、国際的な受け入れ体制と自然豊かな住環境が整う神戸への移転は同社にとっては自然な流れであったようです。

リージョナル本部がシンガポールへ移転した事で、神戸の拠点はP&Gジャパンの本社と研究所となり、六アイの本社ビルは持て余す存在へと様変わり。新たな本社の移転先が検討されました。候補地には東京や大阪も選択肢としてありましたが、最終的に同社は神戸に残る事を選択。新築された三宮ビル北館への移転が実現しました。記事には書かれていない神戸市の家賃補助制度も1つのきっかけかとは思いますがそれだけが理由ではなく、その他の理由が神戸とりわけ三宮への今後の企業集積を高めるヒントになるのではないかと思われます。

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記事内で興味を引く表現として、三宮を「関西で最も東京に近いオフィス集積地」としている点です。これは面白い着眼点です。三宮は大阪に対しては“ちょいコア”になってしまうのですが、ネスレやイーライ・リリー等の外資系を中心に、その“ちょいコア”を愛する世界的著名な企業集積が進んでいる事は紛れも無い事実です。また意外だったのはP&Gが神戸市との密な連携に対してビジネスメリットを感じているとしている点です。家賃補助だけでなく、すぐに企業窓口となっている専任職員が対応し、ワンストップサービスを提供してくれるというサポート体制も高い評価を受けているようです。

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オフィスマーケット情報を提供するCBREが神戸市と共催した「神戸市オフィス立地セミナー」には多くの企業からの出席があったと言い、高い関心が示されている事は間違いないようです。しかしながら、実際に神戸での拠点構築や神戸への本社移転には高いハードルがあり、医療産業都市を除くと、なかなか思うように進んでいない現実があります。

雇用や移転費用の問題、実際に東京を離れた場合のデメリット等、数々の課題がある中、そもそも移転先となる受け皿が三宮には存在しないという事も企業を及び腰にさせる大きな要因と言えるでしょう。ただでさえ三宮の利便性の高いエリアにおけるオフィス需要は逼迫しており、まとまった床を確保する事ができません。且つ最新のオフィスビルストックは非常に限定されています。“ちょいコア”のメリットを享受するための条件である東京や大阪へのアクセス性が低ければ、魅力は急激に薄れます。

一方、まとまった最新オフィスについては今後の三宮再開発での供給が期待できます。手始めに神戸阪急ビルに約11,400平方メートルのオフィスフロアが2021年に供給されます。また2025年の完成予定で雲井通の再開発で建設されるバスターミナルI期ビルにもオフィス機能の整備が想定されています。JRの三宮ターミナルビル建て替えでも商業施設とホテル以外にオフィスも検討される可能性があります。これらの複合ビルの出現によって三宮のオフィス環境は激変するかもしれません。

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更にはそごう神戸店やアイング三宮パーキング等を含めたそごう関連の一等地を手中に収めた阪急阪神グループによる大規模再開発の始動にも大きな期待を寄せる事ができます。

これらのデベロッパーと神戸市ががっちりとタッグを組んで企業誘致を前提とした再開発を進める事が出来れば、集積が更なる集積を生む構造が出来上がるはずです。すでに地場デベロッパーと地元外資系企業での移転実例が存在します。より資金力と影響力のあるデベロッパーであれば、東京の外資系企業を中心とした誘致活動を展開し、神戸への移転を実現させる事ができるかもしれません。それには神戸市のサポート体制も大きな影響力を持つはずです。金融系やコンサル系企業は難しいかもしれませんが、すでに実績のある消費材系でユニリーバ、ロレアル、LVMH、製薬系でノバルティス、ファイザー、ジョンソンアンドジョンソン、ベイリンガーインゲルハイム等の企業を三宮の再開発ビルに誘致出来れば、流れは大きく変わるでしょう。

1つ1つの実績を積み重ねて行けば、“ちょいコア”から“本コア”へと脱皮を図ること事も可能になるかもしれません。

category: コラム

thread: 神戸 - janre: 地域情報

2018/02/08 Thu. 06:00 [edit]   トラックバック: 0 | コメント: 2

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コラム 神戸の高層ビル史 ~第2部・ポートアイランドの出現~   

海上文化都市誕生の経緯

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1950年代後半から始まった高度経済成長に伴い、神戸港の取扱貨物量は急増し、既存港湾設備の処理能力は限界を超えていました。神戸市は神戸港の中心に新たな埠頭の建設を計画、これに伴い港湾施設の背後地に新たな都心作りを進める海上文化都市「ポートアイランド」案が浮上しました。それまで埋立地に港湾施設や重化学工場を建設する例は幾つもありましたが、一から新たな都市造りを海上で行う例は他にありませんでした。

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1966年4月、日本初の海上都市ポートアイランドの造成が着工されました。1981年、整備事業が進む中、街開きを記念し「神戸ポートピア博覧会」が盛大に開催されました。日本初の全自動新交通ポートライナーが既成市街地と人工島を結び、ゾーニングによって有効用地利用が図られたました。業務地区では大規模ホテルやコンベンション施設が整備され、企業誘致により本社・研究施設の集積が進められました。住宅地区では公団・市・民間による大規模な高層住宅群が誕生し、周囲には最新の港湾設備が完成しました。こうして「まち」と「みなと」が共存する海上文化都市が出現したのです。

ポートアイランドが日本のベイエリア開発に与えた影響は非常に大きく、バブル期に計画された多くの事業(主に首都圏に位置する臨海副都心・みなとみらい21・幕張新都心等)がポートアイランド開発手法を手本にしたと言われます。

ポートアイランドの高層建築

埋立地での高層建築の実現性に関して、地盤構造の調査と研究が進められた結果、他の地域と比べて耐震特性に問題はないことがわかりました。こうしてポートアイランドが完成した80年代初頭から新しい都市の象徴である超高層建築が次々と建設されました。

神戸ポートピアホテル

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神戸ポートピアホテル 中央区港島中町

1981年、ポートアイランド完成と共に開業した今も昔もポートアイランドのランドマーク的存在のシティホテルです。神戸が全国に先駆けて進めてきたコンベンション都市構想の核施設として、国際会議場・国際展示場と共に誕生しました。神戸初の本格的超高層シティホテルとしても注目を集めました。

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ダイエー創業者中内功氏の弟である中内力氏が設立・建設した大規模ホテルで、このホテル開業以前には200室規模のホテルしかなかった神戸にも「国際都市として本格的なシティホテルが必要」という認識を持ち、今では国内でも当たり前になっているホテルと国際会議場の複合施設をアメリカで視察。帰国後、当時の宮崎市長に国際コンベンションホテルの必要性を訴えたと言います。

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日本ではまだ馴染みのなかったコンベンション都市を目指し、神戸市、兵庫県、地元財界の協力を得て1981年に開業したのが日本初の国際コンベンションシティホテルとなる神戸ポートピアホテルなのです。1983年 神戸市は全国初の「コンベンション都市」を宣言し、このホテルはその象徴となりました。

また敷地内には1988年に南館、1997年には新たな大ホール「ポートピアホール」が完成しました。超高層ビルである楕円形の本館は船をイメージしています。この建物がもし新港突堤地区にあったらとても映えたのでしょうね。

神戸ポートピアホテル
規模: 地上32階 地下2階 塔屋1階
高さ: 112.0m(軒高111.4m)
敷地面積: 29,400m²
建築面積: 9817.63㎡
延床面積: 62,295,110㎡(本館)
設計: 日建設計
施行: 竹中工務店
竣工年月日: 1981年2月
所在地: 神戸市中央区港島中町

ワールド本社ビル

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ファッション都市宣言をした神戸市を牽引する役目を担うファッションタウンにはアパレル企業が集積しています。1984年、三宮に本社を構えていたアパレル大手の「ワールド」が、この地区に超高層オフィスビルを建設、本社機能を移転させました。完成時は神戸で最も高い建物とであり、現在でも白亜の超高層オフィスビルはポートアイランドで最も高い建物です。最上階の26階にはかつて夜景の美しいレストランBar「VandV」が営業していました。

ワールド本社ビル
規模: 地上27階 地下1階 塔屋1階
高さ: 117.4m(軒高111.9m)
敷地面積: 4,123㎡
延床面積: 34,844㎡
設計: 竹中工務店
施行: 竹中工務店
竣工年月日: 1984年2月
所在地: 神戸市中央区港島中町

ポートピアプラザ

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業務施設の集中するインターナショナルスクエアに隣接した住宅地区では民間高層集合住宅事業コンペを行い、超高層棟4棟を中心とした計画の三菱地所案が採用されました。三菱地所、三菱商事、川鉄商事、大林組の4社の共同事業として進められました。

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当初、超高層棟の高さは104mを予定していました。1983年に超高層棟A棟が完成し、その後、残りの3棟(B~D棟)も順次建設されました。

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当初、超高層棟の高さは104mを予定していました。1983年にまず第一期工事として超高層棟A、B棟が順次完成しましたが、その後、第二期工事は中断。その後、1986年から工事を再開し、残りの超高層棟であるC、D棟も1989年前に全ての完成を迎えました。総戸数856戸という巨大なマンション群です。

神戸ポートピアプラザ
規模: 地上25階 地下1階 塔屋1階
高さ: 74.3m
構造: 鉄骨鉄筋コンクリート造
敷地面積: m²
延床面積: ㎡
設計: 三菱地所
施行: 大林組
竣工年月日: 1984年7月~1989年7月
所在地: 神戸市中央区港島中町

パークシティ神戸

ファッションタウン地区の一部として開発が進められた同地区では三井不動産が超高層住宅の建設を進めました。建物は1984年に竣工しています。

80年代前半に突如、三宮の沖合いに出現したポートアイランドは高層建築が林立し、その谷間を無人新交通が走り抜けるという文字通りの近未来都市だったのです。地方博としては最大規模であったポートピア博覧会の大成功に引き続き、企業誘致、住宅販売等も全て順調に進んだ日本初の人工島開発の成功は、全国の地方自治体が「株式会社・神戸市」の経営手腕に注目する大きな要因となりました。

更に85年には「ユニバーシアード神戸大会」が開催され、飛ぶ鳥を落とす勢いを持った市は、バブル経済の膨張により更に開発拡大をエスカレートさせていき、より多くの超高層ビルが誕生していくことになるのです。

category: コラム

2016/03/14 Mon. 07:00 [edit]   トラックバック: 0 | コメント: 4

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コラム 神戸の高層ビル史 ~第1部・神戸超高層時代の夜明け~ 

今から遡る事約14年前。「神戸高層ビルウォッチャー」というウェブサイトを立ち上げました。本ブログの前身とも言えるホームページで、約2年間運営していました。諸事情で同サイトは閉鎖してしまいましたが、5年のブランクを経て、ブログという形で再開したのがこの「こべるん」です。先日、あるきっかけで当時のアーカイブを久しぶりに見る機会がありました。サイト内で「 」というコラムを掲載していたのですが、当時の読者の方には好評でした。5~6部構成で完結のつもりだったのですが、3部の時点でサイトを閉鎖してしまったので、結局、未完のままでした。コラムを改めて読んでみて、自画自賛ですが、なかなかよく出来ていたので、再度、完成させてみたいという意欲が出てきました。今回は内容や写真も当時より少しブラッシュアップしてお届けしたいと思います。

神戸の高層ビル史

~第一部・高層ビル時代の幕開け~

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神戸商工貿易センタービル 中央区浜辺通

関西初の超高層ビル「神戸商工貿易センタービル」の誕生

1960年代、高度経済成長を迎えた日本国内は、オリンピック景気により新幹線や高速道路網等の大規模インフラ整備が進められ、東京・大阪をはじめとする大都市ではビル建設が活発化していました。1965年3月、東京・霞ヶ関にて総工費150億円を投じ、鹿島建設により日本初の本格的超高層ビル「霞ヶ関三井ビル(地上36階・高さ147m)」が着工しました。

神戸では、摩耶埠頭が竣工し、人工海上都市「ポートアイランド」の造成工事に着手、国際貿易港としての機能を着実に整えていました。その様な状況下で、更なる貿易発展のために常設展示場を持つ「貿易センター」を計画していた神戸市と新所屋建設を計画していた神戸商工会議所が施設の一本化を検討した結果、「神戸港開港100周年」を象徴し、貿易・海運等の経済機能を集中させた「貿易・商工センター」の共同建設という結論に辿り着きました。これに神戸貿易協会が加わり関西初・西日本初となる超高層ビル「神戸商工貿易センタービル」計画が本格的に動きだしたのです。

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中央区浜辺通5丁目の三井不動産所有地を建設用地と決定、建設省や日本開発銀行との特定街区指定や融資等の折衝を経た後、1966年7月には日建設計に基本設計を依頼しました。翌年8月、「株式会社・神戸商工貿易センター」が設立され、9月には当時、霞ヶ関ビルを施工中の鹿島建設を施工業者として選定しました。そして11月4日、起工式が行われ、待望の着工となりました。

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そして翌年10月、約2年の歳月をかけた工事が遂に終了し、国内第2番目・関西初・西日本初の超高層ビル「神戸商工貿易センタービル(地上26階・最高高さ110.6m)」が誕生したのでした。開業当初は最上階の26階には展望台が設けられ、神戸ポートピア’81の開催期間中には5万人を越える来場者があったと言います。しかし80年代後半には超高層の神戸市庁舎1号館が完成し、無料展望ロビーを開設した影響を受けて貿易センタービルの展望台は閉鎖され、最上階は今では貸会議室となっています。

2003-2005年にはビルの省エネルギー化と改善を図る大規模改修工事を実施し、竣工後30年以上を経て色褪せていた外壁も真新しくなりました。最近では米国物流大手のDHLジャパンが関西支社を同ビルに開設したことが記憶に新しいです。最近でも東京に本社を置いているコンクリート鉄筋探査機製造・販売を行うキーテック社が同ビル内に置いている関西支社を本社に昇格させ、市と県の補助金制度適用が報道されました。ビルは神戸市の外郭団体である株式会社神戸商工貿易センタービルが所有・運営しています。

神戸商工貿易センタービル
規模: 地上26階 地下2階 塔屋1階
高さ: 軒高107m 最高高さ110.6m
構造: 鉄筋コンクリート造1F 鉄骨鉄筋コンクリート造2F-26F 鉄骨造塔屋 鉄骨鉄筋コンクリート造
建築面積:  1,421.60㎡
延床面積: 43,644.38㎡
設計: 日建設計
施行: 鹿島建設
竣工年月日: 1969年11月
所在地: 神戸市中央区浜辺通

神戸港開港100周年を記念して建設された神戸商工貿易センタービル。奇しくも開港150年を迎えようとしていますが、この当時に100m級の西日本初、国内2番目の超高層オフィスビルを誕生させた事は恐らく現在の神戸に300m級のビルを建設する事に匹敵する位、気概のある事ではないでしょうか。それ位、夢のあるプロジェクトであり、当時の神戸に勢いがあったことを感じさせます。

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兵庫駅前ビル 兵庫区羽坂通

市街地再開発事業の先駆けと高層建築の台頭

1970年前半、全国に先駆けて神戸市は至る所で大規模市街地改造事業を進めました。これらの事業手法は現在、主流となっている高層建築をメインとしたものでした。当時、東京・大阪等の大都市では高層建築の建設はオフィスビルが大半を占めていましたが、神戸ではいち早く高層住宅の建設が進められたのも特徴的です。

「兵庫駅前ビル」は、神戸市が取得した国鉄兵庫駅前の北側にあった山陽電鉄の旧兵庫駅跡地に旧日本住宅公団が東棟、西のツインタワーから成る高層住宅(地上20階・高さ71m)を建設したものです。公団としては全国で最も高い建物として1973年に竣工しました。低層部に商業施設や勤労会館、講堂、保育園を配し、高層部に住宅を整備した複合再開発ビルです。今では老朽化が激しく景観上の懸念も指摘されますが(最近、高層棟はようやく大規模修繕が施されました)、竣工当時はステイタス性、シンボル性の高いタワーマンションだったと思われます。

兵庫駅前ビル
規模: 地上20階 地下1階
高さ: 71m
建築面積: 5,411㎡
延床面積: 38,388㎡
用途: 共同住宅・商業施設・公共施設
竣工: 1973年
設計: 住宅公団、東畑設計
所在地: 神戸市兵庫区羽坂通

shinnagataekimaebiru.jpg新長田駅前ビル 長田区若松町

「新長田駅前ビル」は市の”西神戸副都心構想”の核として事業化された再開発ビルです。兵庫駅前ビルと共に検討されたため、こちらも公団方式を採用した再開発事業となりました。駅前南の旧国鉄宿舎跡地に地上25階・高さ82mの高層ビルが計画されました。1977年の竣工時には、兵庫駅前ビルを抜き日本一高い公団ビルとなったのです。こちらも兵庫駅前ビル同様に低層部に商業施設、高層部に住宅を配した建物になりましたが、最上階には展望レストランが設けられたのが特徴です。また商業施設には百貨店が入居し、新長田が神戸の副都心であることを体現した再開発ビルとなりました。

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2013年1月には中核テナントであった大丸新長田店が閉店・撤退。35年の歴史に幕を閉じました。後継として東急不動産が同社の商業施設ブランドである東急プラザ新長田を開業。また地下1階には西友が出店しました。これら新規商業施設の開業を機に、建物外観も大規模修繕・改修が行われました。

新長田駅前ビル
規模: 地上25階 地下3階
高さ: 82m
建築面積: 6,564㎡
延床面積: 59,789㎡
用途: 共同住宅・商業施設・公共施設
竣工: 1977年
設計: 山下設計、住宅公団
施工: 大林組
所在地: 神戸市長田区若松町

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さんプラザ・センタープラザ 中央区三宮町

神戸の表玄関である三宮地区。その中心的存在のセンター街は、低層木造建築の密集地でした。1966年、市はこの地区の改造事業に着手し、さんプラザ(1970年)、センタープラザ(1972年)、センタープラザ西館(1978年)と3棟の大規模商業・業務ビルを順次建設しました。特に1972年に竣工した「センタープラザ(地上19階・高さ90.1m)」は商工貿易センターに次ぐ大規模オフィスビルとして注目を集めました。

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三宮センタープラザ
規模: 地上19階 地下3階
高さ: 90.1m(軒高75m)
構造: 鉄骨鉄筋コンクリート造
敷地面積: 6,313㎡
建築面積: 6,263㎡
延床面積: 55,044㎡
用途: 事務所・商業施設
竣工年: 1972年7月
設計: 神戸市、日建設計
所在地: 神戸市中央区三宮町

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これら60~70年代に建設された神戸高層ビル時代のパイオニア的存在の建物は改修はされているものの老朽化が激しく築50年を越えてくると建替えも視野に入ってくることになります。

かつて「株式会社・神戸市」とまで呼ばれた市の開発手腕は、全国地方自治体の教本となる存在でした。都心部の改造事業のみならず市営地下鉄、神戸高速鉄道、ポートライナー等の輸送機関の整備を図り、市西部、北部、南部に大規模ニュータウン造成を進めました。これらの開発が更なる神戸の高層ビル建設に拍車を掛ける布石となりました。そして黄金の80年代を迎えることになるのです。

category: コラム

2016/02/22 Mon. 07:00 [edit]   トラックバック: 0 | コメント: 9

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